
Trametes robiniophila Murr(Huaier)の乳がん治療への応用:Biomedicine & Pharmacotherapy Volume 128, August 2020, 110254より引用
1. はじめに
乳がんは世界中の女性において最も多く診断されるがんであり、毎年130万人以上が新たに罹患し、45万人が亡くなっています。手術、化学療法、放射線療法などの治療が進歩してきましたが、副作用が強く、患者の生活の質を著しく低下させることが課題です。
その一方で、**中医学(中国伝統医学、TCM)**は補完代替療法として注目されています。中国では2000年前から使用されてきた記録があり、最近ではがん治療においても有効性が報告されるようになっています。
**Huaier(フアイア)**は「カワラタケ科」のキノコで、約1600年前から中薬として使用されてきました。近年、フアイアががん細胞の増殖抑制、免疫強化、放射線・化学療法の感受性向上に寄与することが明らかになってきました。
2. フアイアの基礎研究(前臨床研究)
2.1 抽出・製剤
- キノコを粉砕して熱水抽出し、不純物を除去して作られた「水性抽出物」や「顆粒剤」が研究に用いられています。
2.2 がん細胞の増殖抑制
- Huaierはp53やNF-κBなどのがんに関連する重要な遺伝子の発現を調整し、乳がん細胞の増殖を抑制します。
- 特に、抗がん剤「パクリタキセル」と併用することで、細胞増殖の抑制効果が強まることが確認されています。
2.3 がん幹細胞への効果
- フアイアは乳がん幹細胞(CD44+/CD24−)の自己複製能を低下させ、再発や転移の予防にも関与する可能性が示唆されています。
2.4 自食作用(オートファジー)の誘導
- Huaierはがん細胞に対してオートファジーを誘導することで、がん細胞の死滅を促します。
2.5 アポトーシス(細胞死)の促進
- 抗アポトーシスたんぱく質(Bcl-2)を抑え、促進たんぱく質(Bax)を増加させることで、乳がん細胞の自然死を促進します。
2.6 転移抑制
- フアイアはがんの浸潤・転移に関わる「上皮間葉移行(EMT)」を阻害し、MMP2やSnailといった転移関連因子を低下させます。
2.7 血管新生の抑制
- HuaierはVEGFなど血管新生因子の発現を抑え、腫瘍に酸素や栄養を供給する新しい血管の生成を防ぎます。
2.8 免疫調整作用
- フアイアは腫瘍内のマクロファージ(免疫細胞)の浸潤を抑え、免疫抑制的な腫瘍微小環境を改善します。

🧪 3. 臨床研究での効果
✅ フアイア顆粒(Huaier Granule)とは?
- 熱水抽出物から作られた水溶性顆粒剤で、味を調整するためデキストリンや糖粉を加えて製剤化。
- 中国国家食品薬品監督管理局(SFDA)により認可され、がんの補助療法として使用されています。
📊 臨床試験の結果
➤ 肝がんでの大規模多施設試験(1044人、39施設)
- 手術後の再発抑制にフアイアが有効で、再発率や遠隔転移が有意に減少。
- この結果を受けて、肝がん術後補助療法として**中国臨床腫瘍学会(CSCO)**がガイドラインに採用。
➤ 乳がんへの応用(複数の臨床研究あり)
- 乳がん術後の再発予防:
6ヶ月間の服用により、無病生存期間(DFS)が延長。 - 化学療法との併用効果(CTF療法):
- 完全奏効率(CR)が上昇
- 骨髄抑制(副作用)が低下
- 治療中の免疫力が改善 - ステージIV患者において:
- フアイアを3回/日服用することで生存期間が延長
- 全体のQOL(生活の質)が向上 - TNBC(トリプルネガティブ乳がん)に対しても有効
- 手術後の併用で再発・転移率が有意に低下し、予後改善
🧬 腫瘍マーカーや免疫パラメータの変化
- CEA, CA153, CA125 などの腫瘍マーカーが明らかに低下。
- 血中の CD4+T細胞、NK細胞、CD4+/CD8+比率が増加し、免疫能の回復がみられる。
🌿 4. フアイアの主要成分(多糖体)とその働き
🌾 主要成分=多糖体(ポリサッカライド)
フアイアに含まれる活性成分は主に水溶性の**多糖体(糖質構造を持つ高分子)**で、それぞれ異なる抗腫瘍メカニズムを担います。
成分名 主な作用 対象がん種 機能・特徴 W-NTRP 免疫刺激 胆管がん 正常細胞に無害、リンパ球活性化 HP-1 EMT抑制、免疫強化 乳がん、肝がん、腎がん AEG-1を標的に転移阻害、NK活性向上 TP-1 血管新生阻害、免疫増強 肝がん VEGF/HIF-1α低下、TUNEL陽性増加 SP1 アポトーシス誘導、STAT3抑制 乳がん、肝がん MTDH抑制でがん細胞死を促進 TPG-1 免疫系活性化 肝がん TLR4経由でNF-κB/MAPK活性化、TNFα分泌 ↑
✅ どの成分も正常細胞に対する毒性が少なく、がん細胞特異的に働くという利点があります。
以下に、この図の内容を詳しく解説します。
🖼️【図】
「乳がんにおけるHuaierの抗がん効果:細胞間ネットワークとシグナル経路」

🔎【図の全体構造】
図は、乳がんを構成する複数の要素を含む「腫瘍微小環境(tumor microenvironment)」を描いたものです。
- 中央に乳がん細胞(breast cancer cells)
- その周囲に:
- がん幹細胞(cancer stem cells)
- 腫瘍随伴マクロファージ(tumor-associated macrophages, TAMs)
- 血管内皮細胞(endothelial cells)
- それぞれが矢印や点線で相互作用し合っており、灰色の枠に「がん進行のメカニズム」が書かれています。
- **Huaierの影響は茶色の点(brown dots)**として示され、各プロセスにどのように関与しているかが視覚的に表現されています。
🔬【図が示す主な作用領域】
以下のようなメカニズムが、Huaierにより調節・阻害されると図に示されています:
1. 🧬 がん細胞の増殖とアポトーシス制御
- Huaierは、がん細胞のDNA複製・細胞周期を阻害します。
- また、p53やカスパーゼなどを活性化して細胞死(アポトーシス)を誘導します。
2. 🧫 がん幹細胞(Cancer Stem Cells)
- 再発や転移の原因となるがん幹細胞の自己複製能をHuaierが低下させることが示されています。
- Hedgehog経路やAKT/GSK3β/β-catenin経路を阻害して幹細胞性を抑制。
3. 🧪 免疫調節(腫瘍随伴マクロファージ)
- 腫瘍を助ける免疫細胞である「M2型マクロファージ」への偏りを防ぎ、M1型(抗腫瘍型)へ変化させることで、免疫環境を改善。
- 免疫抑制性サイトカインの産生を抑え、免疫攻撃を促進します。
4. 🩸 腫瘍血管(内皮細胞)と血管新生の阻害
- VEGFやHIF-1αなどの血管形成因子を抑えることで、新しい血管の形成を防ぎます。
- これにより、腫瘍への酸素・栄養供給が減り、がんの成長が抑制されます。
5. 🔗 シグナル伝達経路の多重阻害
図の中では、以下の主要なシグナル経路がHuaierによって調整されていることが示されています:
シグナル経路 Huaierの作用 PI3K/AKT/mTOR 増殖・生存・薬剤耐性を阻害 NF-κB 炎症・転移・抗アポトーシスを抑制 MAPK/JNK/STAT3 転移や増殖シグナルの遮断 Wnt/β-catenin がん幹細胞の自己複製性を抑える
🧩 図のまとめ
この図は、乳がんという多面的な病態に対して、Huaierが多方面から働きかけていることをビジュアルに示すものです。
- Huaierは、がん細胞そのものだけでなく、その周囲環境(微小環境)にも作用し、
- 細胞の増殖・転移・免疫逃避・血管新生といった主要メカニズムを同時に抑制する多機能な漢方薬であることを示しています。
⚠️ 5. 副作用と安全性
🧪 動物実験からの知見
- 臨床用量の数倍を投与しても、肝・腎・心などに組織学的異常なし
- 体重の変化も認められず、安全性が高い
🧑⚕️ 臨床での報告
- フアイアの服用後、吐き気・嘔吐など軽微な副作用が一部の患者にあり(味の問題)
- 肝機能異常などの重大な副作用は報告されていない
- KPS(生活機能評価)スコアが改善された例が多く、生活の質(QOL)も上昇
📌 6. 結論と今後の展望
✅ 結論まとめ
Huaierは…
- 多重な作用機構を持ち、乳がん細胞の増殖・転移・再発を抑制
- 免疫機能を強化し、患者の治療耐性や体調の維持に貢献
- 化学療法や放射線療法との併用で相乗効果
- 毒性が低く、長期投与にも安全性が高い
🔍 今後の課題
課題 詳細 ✅ 薬物動態の未解明 体内での吸収・代謝の詳細が不明 ✅ 有効成分の標準化 製剤間の成分差がある可能性あり ✅ 臨床データの不足 大規模RCTが必要、既存研究はサンプル数が少ない
🧭 最終的な展望
- フアイアは乳がんに対する補完代替医療として非常に有望であり、今後さらなる研究と標準化が進めば、保険適用も含めた新たな治療選択肢として臨床現場での普及が期待されます。
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