免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞が免疫細胞の攻撃から逃れるために利用する「免疫チェックポイント」と呼ばれる仕組みを阻害することで、免疫細胞ががん細胞を攻撃する力を高める薬剤です。乳癌においては、特に以下の状況で免疫チェックポイント阻害薬が臨床試験で有効性を示し、承認されています。
1. トリプルネガティブ乳がん(TNBC)
トリプルネガティブ乳がんは、ホルモン受容体(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体)とHER2タンパクがいずれも陰性である、治療が難しいタイプの乳がんです。
- 術前・術後療法: 臨床試験の結果、PD-L1陽性のトリプルネガティブ乳がんの患者さんに対して、術前化学療法に免疫チェックポイント阻害薬である**ペムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)**を併用することで、病理学的完全奏効(手術でがん細胞が完全に消失すること)の割合が有意に向上することが示されました。術後療法としても、特定の条件下でペムブロリズマブが承認されています。
- 転移・再発: 転移性または再発性のトリプルネガティブ乳がんの患者さんで、PD-L1陽性の場合は、**アテゾリズマブ(商品名:テセントリク)**やペムブロリズマブと化学療法の併用療法が承認されています。これらの臨床試験では、無増悪生存期間や全生存期間の延長が示されています。
2. ホルモン受容体陽性かつHER2陰性乳がん
このタイプの乳がんに対する免疫チェックポイント阻害薬の研究は、トリプルネガティブ乳がんに比べて進んでいませんでしたが、近年、新たな臨床試験の結果が出てきています。
- 現時点では、ホルモン受容体陽性かつHER2陰性の乳がんに対して、免疫チェックポイント阻害薬が単独で、または内分泌療法との併用で広く承認されている状況ではありません。しかし、特定の条件下や、他の治療抵抗性となった場合などにおいて、臨床試験で有望な結果が示されている薬剤もあります。今後の臨床試験の結果が注目されます。
重要な注意点
- PD-L1の発現: 免疫チェックポイント阻害薬の効果は、がん細胞や免疫細胞におけるPD-L1というタンパク質の発現状況によって異なる場合があります。そのため、治療前にPD-L1の発現を検査することが一般的です。
- 副作用: 免疫チェックポイント阻害薬は、免疫系の働きを活性化させるため、自己免疫反応による様々な副作用が生じる可能性があります。これらの副作用は、軽度なものから重篤なものまで様々であり、注意深い観察と適切な対応が必要です。
- 個別化医療: 乳がんの治療は、がんの種類、進行度、患者さんの状態などによって大きく異なります。免疫チェックポイント阻害薬の適応についても、専門医による慎重な判断が必要です。
現在進行中の臨床試験
乳がんの様々な病期やサブタイプにおいて、免疫チェックポイント阻害薬と他の治療法(化学療法、分子標的薬、放射線療法など)との併用療法に関する臨床試験が盛んに行われています。これらの試験結果によって、今後さらに多くの乳がん患者さんにとって免疫療法が重要な治療選択肢となる可能性があります。
ご自身の治療法については、必ず担当の医師と十分に相談し、科学的根拠に基づいた情報を得ることが重要です。
試験名
対象患者
主な臨床成績
KEYNOTE-522
術前化学療法未治療のPD-L1陽性トリプルネガティブ乳がん患者
術前化学療法へのペムブロリズマブ併用により、病理学的完全奏効(pCR)率が有意に向上。無イベント生存期間(EFS)においても有意な改善が認められた。
IMpassion130
転移性または切除不能なPD-L1陽性トリプルネガティブ乳がん患者(化学療法未治療)
アテゾリズマブとnab-パクリタキセルの併用により、プラセボ群と比較して無増悪生存期間(PFS)および全生存期間(OS)が有意に延長。
KEYNOTE-355
転移性トリプルネガティブ乳がん患者(初回または2次治療)
PD-L1 CPS ≧ 1の患者群において、ペムブロリズマブと化学療法の併用により、プラセボ群と比較して無増悪生存期間(PFS)が有意に延長。
IMpassion131
転移性または切除不能なトリプルネガティブ乳がん患者(化学療法未治療)
アテゾリズマブとパクリタキセルの併用は、PD-L1陽性患者群において無増悪生存期間(PFS)の延長を示したが、IMpassion130ほどの明確なベネフィットは示されなかった。全生存期間(OS)については、現時点では明確な差は示されていない。
KEYNOTE-860 (SAFIR02-BREAST)
転移性ホルモン受容体陽性/HER2陰性乳がん患者(内分泌療法抵抗性)
アテゾリズマブとカプマチニブ(MET阻害薬)の併用療法において、特定の遺伝子変異(MET増幅)を有する患者群で有望な奏効率が示された探索的な臨床試験。承認には至っていないが、今後の研究開発の方向性を示す結果となった。
注記:
- 上記の臨床試験は、免疫チェックポイント阻害薬の乳癌における主要な臨床試験の一部です。他にも多くの臨床試験が進行中または報告されています。
- 臨床成績は、主要な評価項目に基づいた概要であり、詳細な結果や安全性プロファイルについては、各試験の論文や発表資料をご参照ください。
- PD-L1陽性の定義やカットオフ値は試験によって異なる場合があります。
- 無増悪生存期間(PFS):がんが進行せずに生存している期間
- 全生存期間(OS):治療開始から死亡までの期間
- 病理学的完全奏効(pCR):手術で切除したがん組織に生きたがん細胞が認められない状態
これらの臨床試験の結果に基づき、特定の条件下の乳がん患者さんに対して免疫チェックポイント阻害薬が承認され、臨床現場で使用されています。治療の選択肢については、患者さんの病状や特性に合わせて、担当医と慎重に検討することが重要です。
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